Neil Young : Interview 1976

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1976年 3月、 初来日時

・ 日本公演のあとはアメリカに帰るのですか?

「イヤ.今日のコンサ−ト(注:3月11日東京武道館)のあと、すぐ空港にかけつけて10時30分発の飛行機に乗るんだ。(笑)北極経由の便でコぺンハーゲンに飛ぴ、そこで3回コンサートをすることになっている。コペンハ−ゲンには5年前CSN&Yで−度行ったきりなので久々のコンサートになるわけ。ところで、昨夜のコンサ−ト、東京で初めてのコンサートだったけど、みんな楽しんでくれたかな? 」

・ ええ、私たちはとても感激しました。ただ私は名古屋体育館でのコンサ−トも見たんですがあの時の方が良かったと思うのですが。

「そう思うかい? 昨夜は良かったけど僕たちのべストとはいえないかも知れない。というのは、名古屋、大阪、福岡で公演をやってきたけど、東京は電圧が違うらしく、アンプの調整がうまくいかなかったんだ。電圧が足りなくて、パワ−を上げても上げても希望する音が出てこない。本当を言うとステージの上でもかなりイライラしていたんだ。でも今夜は違うよ。機材の調整もうまくいっているし、日本で最後のコンサ−トなので僕もクレイジー・ホースもいっしょうけんめいやるからね。トゥナイト・ザ・ナイト……今宵その夜というわけさ。」

・そういえぱステ−シではあなたの横にある小さなアンプにしきりに手を触れていましたね。あのアンプは何ですか?

「フェンダー・デラックスの1954年製だ。僕の使っている機材は全部50年代のアンティークなんだ。古い製品なので現在の機材ほどパワーが大きくなく、ちょっとした電圧にも強く影響を受けて、常に電圧に気をくばっていなくちゃならないんだ。」

・ コンサートでは新曲を演奏していましたが、これらの曲のはいったアルパムはいつ出るのですか?

「もうほとんどレコーディングが終って、タイトルは "Sedan Delivery" というんだ。ほとんどはアメリカで録音したけど、デンマークからイギリスに行って最後の数曲を仕上げるから、あと二ヶ月ちょっとで発売になるはずだ。コンサートで歌った "Too Far Gone"、"Like A Hurricane" なんかが入っている。」

・ そういえば、今回の日本でのコンサート・ツアーをライヴ・レコーディングして、それが近々発売になるそうですが。

「そのつもりなんだ。まだテープは聴いていないけど、ほぽ満足のいくものになっていると思う。まず日本で発売して、それがもし良ければ全世界でも発売するつもりだ。夕イトルは最初 "Live In Japan" か "Made In Japan" にするつもりだったけど、ディープ・パープルが同じタイトルでレコードを作ったと聞いて、ちょっと考えてる。」

・ "Like A Hurricane" は、ポプ・ディランの曲と同じタイトルですが、何か関係があるのですか?

「イヤ、まったくの偶然なんだ、これが(笑)。 だからといってタイトルを変えるつもりはないけど。」

・ ポブ・ディランといえば、彼の'ローリング・サンダー・レヴュー'をどう思いますか?

「自分では観なかったけど、すばらしいと思うよ。アイディアもいいし、音楽的にも充実している。音楽は動機よりもはるかに重要だからね。音楽は本人が死んだ後にも聴かれるだろう。ところで、キミたちボプ・ディランのコンサートをみたいかい? 」

・ もちろん!

「そうか、じゃあ、帰ったらボプにそういっておくよ。」

・ エッ? ホントウに?

「ボブとはもう10年来の友だちなんだ。最近の彼は非常に活動的だね。もし日本に来れば、すばらしいコンサートをするだろう。」

・ なぜ彼は急にコンサート活動をはじめたんでしょうか?

「眠っていたのさ。熊が冬眠するみたいに。」

・ ボプは今ニューヨークに住んでいるそうそうですね。

「彼は家なんか持っていないよ。旅から旅への生活が好きなのさ。僕みたいにね。(笑)」

・ あなたも旅が好きなんですね。

「旅というより、動いているのが好きなんだ。ーケ所にじっとしているのがイヤなんだ。僕の歌のほとんどは旅の中から生まれた。」

・ 日本ではどこを見ましたか?

「空港、ホテル、コンサート会場・・・(笑)エート、京都見物をちょっとしたんだ。寒い日だったので、あまり表に出なかったけど。名古屋では地下のショッビング・センターを散歩しながらドーナツを買った。英語をひとことも使わず、指で六個ってやったんだ。」

・スティーヴン・スティルスと一緒にレコーディングしているというアルバムは、どれくらいできあがっていますか?

「そうだなあ、やっと半分終ったってとこかな、4月の終りまでには完成させてしまうつもりだ。」

・スティーヴンと組んで作曲したりしているのですか?

「イヤ、彼と一緒には曲は作っていない。僕らが一緒に演奏する時は、お互いに協力しあい、またお互いを刺激しあうからいいんだ。だからクロスビー&ナッシュのやり方とは全然違う。彼らは精神構造が非常に似かよっていて、協力しあうことはあっても刺激しあうことはないはずだ。僕らの場合は、どちらかが自分の曲を歌っている時は、まさに自分のワン・マン・バンドをひきいているみたいだからね。僕とスティーヴンが、かわりばんこにバンドをのっとってしまうわけだ。(笑)」

・ そのレコードには、ほかにどんなミュージシャンが参加していますか?

「ドラムスにジョー・ヴィタリ、パーカッションにジョー・ララ、べースにジョージ・ぺリー、オルガンがジェリー・アイエロというライン・アップだ。」

・ そうなんですか。ところでクレイシー・ホースは“ニール・ヤング&クレイジー・ホース”じゃなくて、“クレイジー・ホース&ニール・ヤング”というレコードを発表するとききましたが?(笑)

「そうなんだ。(笑) 僕はクレイジー・ホースのパック・ミュージシャンのー部として参加しているんだ。夏にはレコードが出るはずだけど、僕のギターや歌がなくても、いい曲ぱかりで、きっと話題になるだろう。」

・ 最近、あなたがフライングVを弾いている写真をよくみかけますが今回のツアーて弾かないのですか?

「あのギターはもう嫌いになったんだ。日本にも持ってこなかったし。ギプソンのエクスプローラーをよく弾いている。オリジナルで20本しか作らなかったギターで、エリック・クラプトンもそのうちの1本を持っているよ。でも僕はステージでは弾かないけどね。アタッチメント はトレモロ・パーとワング・パーをよく使う。そのほかは、グレッチのホワイト・ファルコンが気に入っているんだよ。50年代初めの製品なんだ。ギプソンのレス・ボール、ステージで弾いた黒いやつね、あれは1950年製なんだ。あれは1969年にジム・メッシーナのギターと交換したものさ。僕は彼に、バッファロー・スプリングフィールド時代からずっと使っていたオレンジ色のグレッチをあげたけど。」

・ ステーシでフランク・サンペドロが弾いていた白いオルガンは何ですか?

「あれは僕らのオリジナルなんだ。ストリング・シンセサイザーがはいっていて、シンフォニー・オーケストラみたいな音を出すだろ。小さなアンプを通して、非常に大きな音が出せる。僕らだけの音が出るので、今のバンドには欠かせない楽器だよ。音がいいだけしゃなくて見た目にもすてきだろ? ステージの上で。(笑)」

・ ところでレーナード・スキナードの “スイート・ホーム・アラバマ”の中で、あなたのことが批判されているのは知っているでしょ?

「ああ、あの歌大好きだよ。(笑) でも僕の歌に対する答にしちゃ遅すぎたみたいだ。4年もあとだものね。(笑) 批判されたけど、別に気にしちゃいないよ。彼らもほんのジョークのつもりだったろうしね。でも、レーナード・スキナードのことを、尊敬しているんだ。彼らは現在のアメリカではナンバー・ワンの力ントリー・ロックのバンドだね。イーグルスとレーナードが2大バンドだよ。」

・ “サザンマン”とか“アラパマ”とか南部の州で演奏する時、観客の反応はどうですか?

「みんなあの歌けっこう気にいっていて、ワーッとなるんだ。“アラバマ”をアラバマ州で演奏しても、別に石をぶつけられたことはないよ。(笑)」

・ じゃあ、あなたはアメリカの南部のことは、好きなんですね。

「もちろんさ。嫌いだったら歌にしたりしないさ。気にかける価値のある場所だよ。」

・ プライべートな質間ですが息子のジーク君とは一緒に住んでいますか?

「イヤ、彼は彼の母親、つまり僕の別れた妻と住んでいる。3才半になったかな。でも時々会うよ。今、友達がおもちゃ屋に行って、おみやげにヘリコプターとか車のおもちゃを買っているんだ。」

・ もうーつプライペートな質間ですが、今、誰か女の人と恋愛中ですか?

「ハッハッハ、残念ながら、今は恋人はいない。前の恋と次の恋の長い谷問にいるんだ。でも旅から旅ヘの生活なので、時にはこの方が気楽でいいと思うけどね。だんだん恋と恋との空間を楽しむ方法を覚えてきたよ。」

・ 自宅てリラックスしている時、自分の過去のレコードを聴いたりしますか?

「イヤ、全然聴かない。僕の過去のレコードというのは、作った時点では確かに自分の分身だったけど、時が経るに従って、それは他人のためのものになってしまうんだ。」

・ “ハート・オプ・ゴールド”はみつかると思いますか?

「サア、わからないね。(笑) でも、さがすってことの方が見つけるってことより大切なんじゃないかな。探せば探すほど、経験がふえるし。」

・ 洋服はよく買う方ですか?

「僕は古いものを長く大切に使う主義なので、それほどお金はかけない。そういえば、“今育その夜”の発売記念バーティーの時なんだけど、あの時は背広から靴まで一式3ドルで借りてきて揃えたんだよ。(笑)」

・ それで最後に、日本の印象はどうですか?

「初めて来たにしては、コンサートもそのほかのこともすベてうまくいって、とても気持ちがいい。ただ、記者会見の時、過去のことぱかりきかれたのにはウンザリしたね。僕らは未来に生きているんだよ。それなのに、パッファローの再編成のこととか、CSN&Yの再編成のことに質問が集中して、おまけに再編成するかも知れないって言ったら拍手がわくなんて、ちょっとびっくりしたね。7年も8年も前のことが、そんなに重大なのかな。」

・ 7月4日の独立記念日はどこかでコンサートに出演していますか?

「ウン、コロラドで演奏しているはずだよ。グランド・キャニオンでロック・フェスティパルがあるんだ。何でもその日はアメリカの東海岸から西海岸まで、人問が手をつないで大きな鎖ができるというんだ。山でも谷でも切れ目なくね。ずい分ダイナミックなやり方だね。(笑)」



END